西新宿で考えた

昨日はほとんど一日中、炎天下の下、新宿のレコード屋*1を覚えている限り訪ねて回った。
どうしても欲しいCDが2枚あって、うち1枚は手に入れたのだけれど、もう1枚がどうしても見当たらなかったせいもあるんだけど、なんとなく“西新宿レコード村”の状況を見ておきたかったこともある。
結果から言えばかつて(1980〜90年代)の活気はもはやない。
これは輸入制限がどうのと言う前に、これまではLPを探さなければならないようなレアな音源もすっかりCDへと移行を済ませてしまったせいだろう。大手では対応しきれない(ように見える)現在進行形のコアなメタル系バンドの音源(CD)で構成されているショップは、まだ需要と供給が微妙なバランスの上にあるせいか、きちんと客も入っていたが、当時おれが足しげく通った黒人系やジャズ系はもはや需要がないと言ってもいいかもしれない。だいたいそれほどユーザーもいないし。
たとえば、耳にしたひとりのミュージシャンを始点に、まず、われわれは探偵になる。そのミュージシャンの交友関係を洗い出し、同時代の同じベクトルを持つミュージシャンを追いかける。そして次にわれわれは探偵と同時に考古学者になる。彼らのルーツ探しの旅に出るのだ。最初のミュージシャンが吸収した音楽を追い、その音楽を生んだミュージシャンの交友関係を洗い出しさらに過去へと遡る。最初にめくるベールはハンカチ程度の大きさだったのに、めくるべきベールは宇宙規模へと拡大している。にもかかわらず、われわれには、お金と時間と出会うべき音楽がどこに潜んでいるか一切手がかりがないという大きな制約がある。だからこそ、ルーツ探しの旅は麻薬のようにわれわれを痺れさせる。それは音楽の魔法を魔法として成立させる一要素だ。
でも、もはやそんなことは恐れることはない。
ルーツへの旅はお仕着せのツアーパックのように提示され、ご丁寧に「○○の歩き方」的な解説も付いてくる。大きなショップに行くだけで現在から過去まであらゆる透視図を手に入れることができる。もはや秘境はほとんどなくなり、お金と時間と旅を推進する興味(好奇心)さえあればどこまでも旅を続けることは可能になった。レアはレアとして他のアイテムと同様に並んでいるのだからレジへと運ぶだけでいいのだ。
What's a wonderful world!
われわれは音楽に何を求めていたのか。愛と平和? たしかに音楽は日本における水や治安、あるは“愛”や“平和”と同様、(お金は相変わらずかかるけど)どれだけがんばって蕩尽してもし尽くせないほどそこらへんに溢れている。
いや、そういう話をしたかったのではなかった。レアものでさえ普通に入手できる状況で、誰がレア専門店に足を運ぶのか、という話だ。
そして、そういうレア専門店がなくなるということは、音は本当に単なる消費財へとポジションを代え、音のパッケージだけがいわゆる“レアもの”として流通することになるだろう。それがいいんだか悪いんだかよくわからない。おそらくWebでの音楽配信は、ますますその流れを加速することになる。そして新人の前には過去の巨人たちがライバルとして立ちはだかる*2。日常生活において、アルバート・アイラーの名言は日々色あせてゆく。
ところで。そんな風に炎天下を歩いていたら始めてみる店を発見した。中に入って驚愕。そこには上記のような状況をひっくり返すレア物が溢れていた。すなわち、ライブ音源だ。
1980年のLive under the skyでJohn McLaughlinとLarry Coryell、それにChristian Escoudeのギタートリオの音源はあるわ、1960年代のビーチボーイズのライブ音源はあるわ、バッファロースプリングフィールドのライブ音源とスタジオ録音流出音源はあるわ、ハンブルパイのライブ音源はあるわ、極めつけはつい先ごろ来日公演を行なったクラフトワークの、まさにその来日公演のもようをきっちり収録したCD。
こういうものって、一部の好事家がアンダーグラウンドで取引していたはずで、真昼間にショップで売られるようなものではなかったはずなんだけどなあ。というか、こうして目にできるのは海外物だけで、実はアンダーでは国内のミュージシャンのライブ音源がすでに大量に出回っているのではないか。去年の藤本美貴のツアー音源とか、ホコテン時代のユニコーンのライブ音源とか。数回しか行なわれなかった まさこさん のライブ音源とか。
もう、ここまでくればDVDまであと一歩だ。1年後か2年後には、開演から閉演まで映像も込みでライブDVDが出回ることになるだろう。そうなったら怠惰なオーディエンス*3は、ライブ会場に足を運ばずにすむ。会場は小さな小さなデジタルビデオを隠し持った静かな客が70%を占め、残りの30%がステージ前で盛り上がるという、異常なコンサートが多発するに違いない。
そして、西新宿の小さなショップには音も悪くモノクロのマイルス・デイビスのコンサートDVDとともに、つい先週終わったばかりのアイドルの(ロックスターの、ジャズジャイアンツの)コンサートDVDが並ぶのだ。
What's an amazing world!

*1:今はCDショップか

*2:これは大げさ。過去の巨人なんてよっぽど好奇心が旺盛でなければ誰も聴きゃしない

*3:おれのことだ